先月お話ししたグランパレでのカプーア展に終了前にもう一度行ってきました。
2011/06/29
2011/06/28
2011/06/27
2011/06/25
ピーター・フォークの死
ピーター・フォークが死んだ。享年83才。60年代には既に沢山の舞台や映画やドラマに多数出演していた彼は、70年代にコロンボ刑事の役を演じて一躍世界的に有名になりました。僕もリアルタイムで観てました。家族揃って毎週楽しみにしてました。
2011/06/23
2011/06/14
2011/06/09
2011/06/06
2011/06/03
2011/06/02
2011/05/30
2011/05/29
2011/05/28
2011/05/23
2011/05/20
2011/05/16
グリッテル・マテとコック・オ・リスリング
アルザスのリスリングです。グリッテル・マテ(Grittermatte)2008年。製造はジュリアン・メイヤー氏。彼は早くから完全無農薬ワインで有名でしたが10年程前からはシュタイナーが唱えた『バイオダイナミック農法』で制作しているそうでそのこだわり方はただ事じゃないですね。当然大量生産じゃないのでなかなか手に入りづらいワインでも有名です。
実際飲んでみると、「えっ!これがリスリング?」と口に出てしまう美味しさで、これまでに飲んだリスリングとは全く違った味でした。そしてもう一つ感激したのは。。。
2011/05/15
アニッシュ・カプーア / グラン・パレ (Anish Kapoor)
(イタリア紀行の途中ですが。。。)
昨日パリのグラン・パレに『モニュメンタ/MONUMENTA』という展覧会を見てきました。4年前から開催されてるもので毎年一人のアーチストが招待されてグラン・パレの建物の中にモニュメンタルな作品を展示されます。今年はボンベイ出身のイギリスの彫刻家アニッシュ・カプーア。お昼過ぎにいったら長蛇の列ができてました。。。
2011/05/11
2011/05/10
渦巻く鍛鉄とイノシシのサラミ・ソーセージ / Assisi(2)
聖フランチェスコ大聖堂の中庭にある鉄柵です。中世の頃からあるモチーフですが、鍛鉄の技術で曲げられています。おそらく『純鉄』を使ってるのだと思うのですが表面の赤錆が保護膜になり中の鉄は錆びません。。。
一個一個の渦を見るとどれも違う形をしてるのですが、
一個一個の渦を見るとどれも違う形をしてるのですが、
数が揃うとそのイレギュラーにも関わらず綺麗なペンで描いたようなモチーフを作ってます。
そして柵の扉の全体の姿は手編みのレースのように繊細です。さしずめ日本の職人技は全て同じ形の渦が要求されるのだろうけれど、この皆バラバラのアバウトさで綺麗に調和してるのはやはりイタリアの職人ですんね。素晴らしい技だと思います。
2011/05/09
2011/05/07
2011/05/05
2011/05/03
2011/04/27
理想の都市ウルビーノ/ Urbino
ボローニャから戻って3週間どっぷりと仕事におわれてましたが、この『復活際』の連休に飛行機でアルプス山脈を越えてイタリアのウンブリアを旅してきました。いつもは仕事で訪れるイタリアですが今回は完全なヴァカンス!
最初に訪れたのはウルビーノの街。ここはウンブリアに接するマルケ地方になりますが、全盛はルネッサンス時代フェデリコ三世の頃で当時の芸術家や文化人がイタリア中から集まってきています。
ずいぶん前から来てみたかったところで、今回やっと願いかなって初めて足を踏み入れることができました。
デュカーレ宮殿は現在国立美術館になっていて数多くの大作が展示されています。ラッキーにもちょうどカルチャー週間とかで美術館は無料でした。
2011/04/20
2011/04/15
ボローニャ ランチと晩餐
ひと仕事終えたあと、皆で遅い昼食をとりました。しかし食の宝庫と言われるボローニャでは軽い食事が僕には大変な御馳走です。プリミピアッティは皆でつついたんで誰が何を頼んだのか忘れてしまいました。(笑)
この地方の生ハムやサラミとブッファラ(水牛)のチーズと茸。
タコ足とセロリのサラダ。
そして魚の盛り合わせ。どれもとても美味しかった。
そしてセコンドピアッテイは
お向かいさんは魚のフライの盛り合わせ。
お隣さんはトマトソースのニョッキ
で僕はこの地方でよく食べるパッパルデッレ(平面パスタ)にポルチーニ茸。大当たりでした!
2011/04/14
2011/04/03
2011/03/07
2011/03/06
2011/03/03
セルジュ・ゲーンズブール没20年
セルジュ・ゲーンズブールが亡くなってちょうど20年という事でラジオでは彼の歌が沢山流れてました。彼が作った歌は一度耳に入ったら忘れられないものが本当に多く、また他の歌手たちにもいい歌をたくさん提供してます。
僕が好きな歌は沢山ある中で、やはり1958年、彼がメジャー・デビューした時の『リラの切符きり』です。軽快なテンポは今聴いても新鮮です。パリに来た頃は地下鉄には切符をきる人はいませんでしたが、鉄道の駅にはまだいましたね。。。 昔はじめて東京に出た頃、切符をきる職員さんたちが奏でるハサミの音がとってもリズミカルなのに感激したものです。
彼が歌を提供した歌手は沢山いますが、その中で最も有名なのは、フランス・ギャルが歌い世界中にヒットした『夢見るシャンソン人形』です。
2011/03/02
2011/03/01
はだしではしるアベベさん。。。
歴史にのこるアスリートの中でも『鉄人』と呼ばれたビキラ・アベベ。1960年ローマオリンピックでのマラソン競技でアベベ選手が終盤単独で走りつづけ一位でゴールした時、誰も彼の事を知らなかった。全く無名のエチオピア選手。しかも驚くことに全コースを裸足で走ったため大変なニュースになりました。イタリアの植民地だったエチオピアの国が世界にアピールしました。
勿論この競技は僕はリアルタイムでは見てませんが、その話題は凄かったようです。現に僕が小学生1,2年生の頃に持ってたカルタの中で『は』のカードが『ハ。はだしではしるアベベさん』というのがあったの憶えてます。(笑)
そして彼が東京オリンピックで見事に二連覇。盲腸手術をしたばかり優勝は期待されてなかったのですが、終盤圧倒的な強さでゴール。しかもローマ大会に続く世界新記録でした。無論前人未到の快挙でオリンピックでマラソンの世界最高記録を出したのは彼以後誰もいません。
アベベ選手はこの時は靴を履いてました。鬼塚の社長が彼に靴を送り続けていたらしいのですが、この日彼が履いていたのはプーマでした。「アマチュアオリンピック」だったこの頃は今のようにメーカーとの専属契約とかもなかった。なんといってもアベベは「いい靴がなければ裸足でいく」という人物だから、このプーマはよかったのかな~。(笑)
学校の体育館にみんなで座って見た市川崑監督の記録映画『東京オリンピック』。ラストがマラソンで貴公子のような横顔のアベベの孤独な走りに感動したっけ。。。
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