2011/06/29

アニッシュ・カプーアとジャン・ヌーヴェル

先月お話ししたグランパレでのカプーア展に終了前にもう一度行ってきました。

2011/06/28

BAMBOO / Sadaharu AOKI

週末お客さんが来たんで、青木定治氏の5区にあるブティックでケーキ『バンブー』を買ってきました。

2011/06/27

アツ〜。


アツ~い一日でした。天気予報では34度とでてましたが、近所の子供達の話では実際は最高37度位まで上がったそうです。お向かいのモーツァルト君がウチの庭のテーブルの上でぐったりしてました。

2011/06/25

ピーター・フォークの死


ピーター・フォークが死んだ。享年83才。60年代には既に沢山の舞台や映画やドラマに多数出演していた彼は、70年代にコロンボ刑事の役を演じて一躍世界的に有名になりました。僕もリアルタイムで観てました。家族揃って毎週楽しみにしてました。

2011/06/23

ハンブルクの街

仕事で駆け足の2泊3日でしたがドイツの北方にあるハンブルクに行ってきました。パリから僅か1時間半位ですがはじめて来た街です。

2011/06/14

ガクアジサイ

4月と5月は記録的な日照り続きで農作物への影響が心配されました。何とパリでは18世紀以来の暑さ続きだったとか。。。ですが最近やっと雨が降りました。そして雨を待っていたかのように庭の「額アジサイ」が咲きました。地質のせいかここ数年花は全てピンク色になってたんですが、今年は結構ブルーの色がまた戻ってきました。

2011/06/09

 ピナとアリス

4月に封切りされた、ヴィム・ヴェンダース監督の最新作『Pina』。一昨年他界した舞踏家ピナ・バウシュが振り付けしたダンスを撮影したものです。忙しくてなかなか行く機会をもてず、もう上映されてないかな~っと思いながら調べたら、パリではまだ結構上映されてるところがありました。ドキュメンタリー映画は通常そんなに長くは上映されないのがですが、さすがヴェンダースです。。。

2011/06/06

鯖寿司

この日曜日、市場の魚屋さんに新鮮な鯖が出ていて思わず三匹買いました。すぐその場で三枚におろしてもらい、家に帰ってさっそくしめ鯖にしてから。白板昆布をつけて棒寿司にしました!


2011/06/03

やっぱりチンクェチェント。。。


(旅日記のオマケです。)

中世の街グッビオで見たチンクェチェント。この乾パンのような形が大好きなんですが、こちらでは『ヨーグルトの器』とも言われてます。古い街に唯一似合う車のようなきがします。

2011/06/02

聖フランチェスコ聖堂

(Photo: loui-garden /wikipedia)
さて今回のイタリアのヴァカンス最後の日。アレッツォの聖フランチェスコ聖堂の中の礼拝堂にピエロによって描かれた大壁画群を見ることができました。修復作業のために15年間見れなかったのですが、ようやく以前の輝きを取り戻して2000年にまた一般に公開されるようになりました。

2011/05/30

オリンパス・XZ1

昨日、新しいコンパクト・デジカメを購入しました! オリンパスXZ1です。画素数は最近の機材にしては少なめの1000万画素ですが僕には充分すぎます。

2011/05/29

スッビオの街



アレッツォから10キロ程離れた街、スッビオ(Subbio)に宿をとったんですが、ネットで部屋の写真だけみてポチっと押して決めたんで街にはそんなに期待してなかったのですが、綺麗な川が流れていてなかなか趣きのあるところでした。日本の温泉町に来たような感じです。。。(笑)
食事前に川辺をぶらぶらしてみました。。。

2011/05/28

アンギアリの街

サンセポルクロからまたアレッツォに戻る道の途中、アンギアリという街によりました。

サンセポルクロの街

アレッツォから1時間足らずのところにあるサンセポルクロという小さな街にきました。祭日であちこちに国旗がでてました。
ここは画家ピエロ・デラ・フランチェスカの生まれ故郷です。サンドイッチを食べた公園には彼の記念像がたってました。
そして市立美術館にいきました。小さな美術館ですが。。。

2011/05/23

坂のある街アレッツォ / Arezzo


プリミピアッティにバジリコ風味のラヴィオリ。ウマイ!
セコンドは野菜リゾットにズッキーニの花。これもシンプルで高級な味でした。。。

2011/05/20

マドンナ・デル・パルト(出産の聖母)/ Monterchi

(再びイタリアに。。。)

ペルージアからアレッツォに向かう途中に、モンテルキという小さな街に寄り道しました。ここは既にウンブリアの隣のトスカーナ地方になります。その風景もウンブリアと少し違ってみえます。目的は街のはずれにある小さな美術館です。ここにピエロ・デラ・フランチャスカのフレスコ画『マドンナ・デル・パルト(出産の聖母)』が展示されています。



2011/05/16

グリッテル・マテとコック・オ・リスリング

アルザスのリスリングです。グリッテル・マテ(Grittermatte)2008年。製造はジュリアン・メイヤー氏。彼は早くから完全無農薬ワインで有名でしたが10年程前からはシュタイナーが唱えた『バイオダイナミック農法』で制作しているそうでそのこだわり方はただ事じゃないですね。当然大量生産じゃないのでなかなか手に入りづらいワインでも有名です。


実際飲んでみると、「えっ!これがリスリング?」と口に出てしまう美味しさで、これまでに飲んだリスリングとは全く違った味でした。そしてもう一つ感激したのは。。。



2011/05/15

アニッシュ・カプーア / グラン・パレ (Anish Kapoor)

(イタリア紀行の途中ですが。。。)
昨日パリのグラン・パレに『モニュメンタ/MONUMENTA』という展覧会を見てきました。4年前から開催されてるもので毎年一人のアーチストが招待されてグラン・パレの建物の中にモニュメンタルな作品を展示されます。今年はボンベイ出身のイギリスの彫刻家アニッシュ・カプーア。お昼過ぎにいったら長蛇の列ができてました。。。

2011/05/11

モンテファルコ・サグランティーノ / Orvieto(2)


高級そうなレストランのウインドーにウンブリアのワインが並んでました。イタリアワインのラベルは格好いいデザインのモノが多いけれど、これも結構いいですね。木箱も素敵です。

オルヴィエートのドゥオーモ / Orvieto(1)

ペルージャから南下ながらしばらく走ると、葡萄畑を前景に見えてくるコルバーラ湖。永遠の都ローマに流れるテヴェレ川から生まれた湖です。水面ぎりぎりまで葡萄畑になってるのが印象的でした。


2011/05/10

渦巻く鍛鉄とイノシシのサラミ・ソーセージ / Assisi(2)

聖フランチェスコ大聖堂の中庭にある鉄柵です。中世の頃からあるモチーフですが、鍛鉄の技術で曲げられています。おそらく『純鉄』を使ってるのだと思うのですが表面の赤錆が保護膜になり中の鉄は錆びません。。。
一個一個の渦を見るとどれも違う形をしてるのですが、
数が揃うとそのイレギュラーにも関わらず綺麗なペンで描いたようなモチーフを作ってます。
そして柵の扉の全体の姿は手編みのレースのように繊細です。さしずめ日本の職人技は全て同じ形の渦が要求されるのだろうけれど、この皆バラバラのアバウトさで綺麗に調和してるのはやはりイタリアの職人ですんね。素晴らしい技だと思います。

2011/05/09

アッシジのフランチェスコ / Assisi(1)

トリュフ和えのパスタです。ウンブリア地方特有のストランゴッツィ(Strangozzi)というパスタです。卵なしの小麦粉と水だけで練った麺で、ようするに「うどん」ですね。写真でお届けできないのが残念ですがトリュフの香りが最高でした。

2011/05/07

タルト・フランボワーズ / Perugia(2)


古そうなコーヒー豆挽きの器械ですが、今でもちゃんと使ってるようでした。

2011/05/05

ペルージャ /Perugia(1)

グッビオの街を出てまた30km程南下し、ペルージアに着きました。ここはウンブリア地方の首都です。綺麗な街だとは聞いてましたがこの中央広場(Piazza IV Novembreに着いたときは想像以上の美しさに感激でした。正面のプリオリ宮殿は見事なゴシック様式でペルージャの中心的建物です。国立美術館になってます。

2011/05/03

グッビオの猫達 / Gubbio

ウルビーノから50km程南にある古い街グッビオに寄りました。
14世紀に建てられたコンソーリ宮殿の広場では子供達がサッカーに楽しんでました。

2011/04/27

理想の都市ウルビーノ/ Urbino

ボローニャから戻って3週間どっぷりと仕事におわれてましたが、この『復活際』の連休に飛行機でアルプス山脈を越えてイタリアのウンブリアを旅してきました。いつもは仕事で訪れるイタリアですが今回は完全なヴァカンス!
最初に訪れたのはウルビーノの街。ここはウンブリアに接するマルケ地方になりますが、全盛はルネッサンス時代フェデリコ三世の頃で当時の芸術家や文化人がイタリア中から集まってきています。
ずいぶん前から来てみたかったところで、今回やっと願いかなって初めて足を踏み入れることができました。
デュカーレ宮殿は現在国立美術館になっていて数多くの大作が展示されています。ラッキーにもちょうどカルチャー週間とかで美術館は無料でした。

2011/04/20

ボローニャ ブックフェアー

ボローニャ最終日の午前中は『国際児童ブック・フェアー』を見学してきました。
そして会場の入り口にはイラストコンクールの入賞作品が展示されていました。日本の作家が沢山入選してました。

2011/04/15

ボローニャ ランチと晩餐

ひと仕事終えたあと、皆で遅い昼食をとりました。しかし食の宝庫と言われるボローニャでは軽い食事が僕には大変な御馳走です。プリミピアッティは皆でつついたんで誰が何を頼んだのか忘れてしまいました。(笑)
この地方の生ハムやサラミとブッファラ(水牛)のチーズと茸。
タコ足とセロリのサラダ。
そして魚の盛り合わせ。どれもとても美味しかった。
そしてセコンドピアッテイは
お向かいさんは魚のフライの盛り合わせ。
お隣さんはトマトソースのニョッキ
で僕はこの地方でよく食べるパッパルデッレ(平面パスタ)にポルチーニ茸。大当たりでした!

2011/04/14

ボローニャ散策 2011

一年振りにボローニャに行ってきました。この街を象徴する二本の塔です。このアングルではよくわかりませんが、左のは手前に傾いています!
イエロー・オーカーの色が何とも美しいアーケード、まるでルネッサンス時代の絵の中からでてきたようです。とにかくアーケードが沢山ある街です。19世紀のものがあれば中世のものもあったり、そしてたまにはローマ時代のもあり歴史の深さを本当に感じる街です。

2011/04/03

パリ桜通信

イタリアのボローニャに仕事で4、5日行ってました。そして帰ってきたらウチの前の庭の桜が咲いてました。

2011/03/07

17世紀の風車

パリのイヴリー門にある風車です。この塔は1674年、ルイ14世の時に建てられたものです。1970年代の開発ブームで壊されるところを、市民運動のおかげで残されました。パリ近郊では唯一の17世紀の風車小屋です。最近の風力発電機等を考えると結構今の時代にマッチしてるかも。。。

2011/03/06

チーズ・フォンデュとグリゾンの肉

昨夜スイス人の友人宅に招待され、チーズ・フォンデュを御馳走になりました。日中は天気はよかったのですが、気温は4度位でとても寒かだったんで、冬の料理である『フォンデュ』、皆大歓迎ってとこでした。

2011/03/03

セルジュ・ゲーンズブール没20年

セルジュ・ゲーンズブールが亡くなってちょうど20年という事でラジオでは彼の歌が沢山流れてました。彼が作った歌は一度耳に入ったら忘れられないものが本当に多く、また他の歌手たちにもいい歌をたくさん提供してます。
僕が好きな歌は沢山ある中で、やはり1958年、彼がメジャー・デビューした時の『リラの切符きり』です。軽快なテンポは今聴いても新鮮です。パリに来た頃は地下鉄には切符をきる人はいませんでしたが、鉄道の駅にはまだいましたね。。。 昔はじめて東京に出た頃、切符をきる職員さんたちが奏でるハサミの音がとってもリズミカルなのに感激したものです。



彼が歌を提供した歌手は沢山いますが、その中で最も有名なのは、フランス・ギャルが歌い世界中にヒットした『夢見るシャンソン人形』です。

2011/03/02

七つの薬草

先月に血液検査を受けた際にコレステロール値が高すぎると言われました。そんなに脂肪分の多い食事とかはしてないつもりなのですが、去年あたりから結構仕事でも忙しくなりストレスが溜まってるかもしれません。そうなればメタボリズムも狂ってくるし。。。
結局は歳をとりその上運動不足が大きな原因なんでしょう。。。せっかくスポーツジムに入会したのに忙しさを理由に殆どいってない。こんなんじゃだめですね。反省。。。

2011/03/01

はだしではしるアベベさん。。。

歴史にのこるアスリートの中でも『鉄人』と呼ばれたビキラ・アベベ。1960年ローマオリンピックでのマラソン競技でアベベ選手が終盤単独で走りつづけ一位でゴールした時、誰も彼の事を知らなかった。全く無名のエチオピア選手。しかも驚くことに全コースを裸足で走ったため大変なニュースになりました。イタリアの植民地だったエチオピアの国が世界にアピールしました。
勿論この競技は僕はリアルタイムでは見てませんが、その話題は凄かったようです。現に僕が小学生1,2年生の頃に持ってたカルタの中で『は』のカードが『ハ。はだしではしるアベベさん』というのがあったの憶えてます。(笑)
そして彼が東京オリンピックで見事に二連覇。盲腸手術をしたばかり優勝は期待されてなかったのですが、終盤圧倒的な強さでゴール。しかもローマ大会に続く世界新記録でした。無論前人未到の快挙でオリンピックでマラソンの世界最高記録を出したのは彼以後誰もいません。
アベベ選手はこの時は靴を履いてました。鬼塚の社長が彼に靴を送り続けていたらしいのですが、この日彼が履いていたのはプーマでした。「アマチュアオリンピック」だったこの頃は今のようにメーカーとの専属契約とかもなかった。なんといってもアベベは「いい靴がなければ裸足でいく」という人物だから、このプーマはよかったのかな~。(笑)

学校の体育館にみんなで座って見た市川崑監督の記録映画『東京オリンピック』。ラストがマラソンで貴公子のような横顔のアベベの孤独な走りに感動したっけ。。。