2009/09/03

ロープウェイ(尾道 その1)


駆け足でしたが尾道に立ち寄りました。本当はできれば2、3泊ぐらいと思っていたのですが、やはり何だかんだで時間がとれなくなってしまい、でも今度来るための下見のつもりで「数時間だけでも」という思いで散策してみました。そして尾道には猫が沢山いるそうで、そうと聞いたからには立ち寄らずにはいれません。
朝4時に福井を出て8時半に尾道駅に到着。まずは荷物を全部コインロッカーに入れて、カメラだけの出で立ち。そしてコンビニでポカリスエットを買い出発。

駅の前に停まっていたレトロな周遊バスに飛び乗り、数時間だけど一日周遊券を買いました。まだ朝早かったから乗客は僕一人。運転手さんがマイクで説明しながら走ってくれました。

最初に降りたのは「浄土寺」。聖徳太子が建立したといわれ、尾道では一番古い建物らしいです。小津監督の『東京物語』の舞台となった所です。最後に笠智衆と原節子がここから港を眺める印象的なシーンですね。映画のなかの撮影ポイントを捜したけれど、「いろいろ修理され当時の面影はなくなってる。」とお土産屋のおじいちゃんがいってました。




しかし、やっと港を見下ろす「二つの石灯籠」を見つけました!



再びバスにのり、ぐるりと一周して今度は長江口で降りて、千光寺にロープウェイで一気に上がりました。頂上から見える景色には湿気のためぼんやり霞がかかってました。今日一日暑くなりそうです。




展望台ではもう、皆汗びっしょりで、グッタリといった感じでしたね~。

尾道につく電車の中で一緒だった少女3人組にまた会いました。下から歩いて登って来たのだろうか、皆ぐったりとアイスキャンディーをのみながらパノラマ風景写真を黙ってボーっとながめてました。(笑)


てくてくと文学の小径を降りて千光寺にまで。




木陰から見える尾道港。



しばらく進むと見えてきた丁寧寺の三重塔を左に見て、階段を下りながら、線路道まで一気におりました。




この暑さの中に散策する人は殆どいなく、猫たちも何処か涼しい所に隠れているのかまだ一匹もお目にかかっていません。フランス語で「人っこ一人いない」というのを「猫一匹もいない(Pas un chat)」って言うんですが、まさにその通り。(笑)


つづく。。。

東京 été '09


お盆に東京にいるなんて20年ぶりだったかもしれない。

北海道にたつ前の日に、今は東京に住むパリでの友人と早朝のドライブをしました。
静まりかえった交差点。。。

汐留まできてみました。人っ子ひとりいない東京。SF映画の中にいるみたいです。
普段はまったくスピード出せないけれど、この日は楽々と東京の街を動き廻れました。そして『惑星ソラリス』で出てくる首都高を走ってみました。運転手さんありがとう!

2009/09/02

ゆうばり(北海道5)


帯広を後にして、次の目的地は「富良野」と「美瑛」と思ったのですがこの天気ではせっかくの景色が。。。「それでも行く価値はありますよ」と、ペンションの主人がいってくれたのですが距離的にもちょっと強行運転になるようなきがしたんで、夕張の町を見て札幌に戻る事にしました。「夕張?」と御主人は頭をかかげてましたが、ここまで来たら普通は「富良野」でしょうと言いたそうでした。(笑)


夕張の町に近づくと遠くから「カサブランカ」の映画の看板がみえてきました。そう夕張市は1981年の炭坑でのガス突出および坑内火災という悲惨な事故以来、全面廃坑になってしまいましたが、その次の産業をめざし映画フェスティバルを掲げたのですが、それも夕張市倒産とともになくなってしまいました。町に残るのは言うなればその頃の残骸なのでしょうか。


「ゆうばりキネマ街道」にはお昼なのに町には人は殆どおらず、ちょいとうら寂しい感じでした。夕張は日本で最も人口密度が低い市だそうです。このキネマ街道を散策してみたのですが、今はもう見る事もできない手描きの映画の看板があちこちに飾られていました。ひっそりとした廃墟のような町がこれらの絵のおかげで、わずかに活気づいてるようにも見えました。



名画中の名画が看板になってますね〜。「誰がために鐘は鳴る」ゲリー・クーパーとイングリット・バーグマン二大スターの共演。隣はヘップバーンの「マイフェアレディー」。昔父が北海道の炭坑で技師として働いていた頃は、仕事が終わると、何もないところでのただ一つの楽しみは映画を見に行く事だったと語っていたのを思い出しました。


小津安二郎の「東京物語」「秋刀魚の味」の看板が道路脇に。。。二本とも大好きな映画!「黒部の太陽」も学校の授業とかで皆で見に行きましたね〜。

「猿の惑星」、これもクラスで見に行った憶えがあるけど、ラストシーンには度肝をぬかされました!

あっ、やっと町の人が見えました。


アラン・ドロンとジャン・ギャバン、皮肉にも隣に衛生テレビのアンテナが。。。


そして「用心棒」に「羅生門」黒沢明監督のもとで三船敏郎がもっとも輝いていたころですね。

キネマ街道、見応えありました。夕張メロンも食べずに札幌に向かいました。

札幌に着く頃は夜になってました。夜の食事はジンギスカン鍋でもと思い本舗だと言われているお店にいったのですが満員で待つ人が並んでる状態。。。雨のなかお腹がすいていたので近くのラーメン屋さんにはいりました。一応持ってたガイドブックではベスト5に入っていたところだったんで。。。


この店のスペシャルのごま風味の味噌ラーメンを注文。予想以上にもの凄く美味しくて大満足でした。



こうふく駅(北海道4)



翌朝、美味しい搾り立ての牛乳を御馳走になりました。こんなに美味しい牛乳本当に久しぶりです。朝早くにペンションを後にして向かったのは、帯広市の南20キロほどいった処にある「幸福駅」。ちょいとミーハーかと思われるかもしれませんが。。。とにかく来てみました。
昔70年代初めに、NHKの番組『新日本紀行』という旅番組があり父が大好きでウチでは毎週かかさず必ずみてました。そこでこのこの駅が紹介されたのですが、今でもよく憶えてます。それがしばらくして大変なブームになり同じ広尾線の愛国(あいのくに)駅から幸福駅までの切符が爆発的に売れたそうです。『爆発的』というのは、前の年は年間に7枚売れてたのが翌年なんと300万枚!4年間で1000万枚売れたそうです。テレビの影響は怖いですね。
この国鉄広尾線は1987年に廃線となり同時にこの駅もなくなったのですが、20年以上立った今でも観光客があとを絶たないそうです。


何故この駅に来てみたかったというと、ここは開拓の頃の明治30年(1897年)に「福井県大野」から集団移住してきた土地なんです。その番組で話声が聞こえるおばあちゃんたちは皆が福井弁で、子供ながらに遥か遠い地に大野から移住した人たちの話にとても感動しました。福井生まれの僕には兎に角一度きてみたかった所でした。

待ち合い室の中は訪れた人たちの名詞や紙切れや写真で埋め尽くされてました! 現代アート作家の大きなインスタレーション作品じゃないかと思うくらいです。
中でちょっと目についた落書き。「死ぬまでHしようぜ!!」。平成12年に書かれたもの。今でもこの二人愛し合ってるのかな〜? なんて思わずニンまり。

軒下から出ていたクモの巣が雨にぬれて、数珠のように水滴が連なっていて綺麗だった。そう6月にヴェニスで見たモナ・ハトゥンの作品を思い出しました。明治30年に大野からやって来た人たちの汗と涙の雫のような。。。

やっぱり来てよかった。

2009/09/01

うとろ(北海道3)


知床岬で乗用車で行くことができる最先端の町、宇登呂=ウトロに到着。ひっそりとした港には一仕事終えた漁船が並んでました。
すぐそばにあった、ここの漁業組合婦人部が経営する食堂に昼食をとりました。
お昼時という事もあってか中は沢山の人でした。
注文したのは「うに・いくら丼」。これ以上新鮮なものはないといえる食材で最高でした。生臭い味はまったくなく、とろけるよな生ウニが、わさび醤油をかけると甘さが一段と増します!おそらくこれまで食べた「北海」の名のつく丼の中では、一番おいしかったの間違いなしです。マジで。。。

お腹がいっぱいになったところで出発。世界遺産に指定された風景を見ながら、知床岬を東に向かって横断して太平洋側にぬけました。そしてむかうは「霧の摩周湖」。
とはいったものの駐車場に着いたら霧におおわれてました。これで駐車料金とられては、、、なんて、ぶつぶつ言いながら展望台へ。そして下を見下ろすと。。。
やはり「霧の摩周湖」でした。しかたなしにお土産屋さんの一角にある大スクリーンで四季の摩周湖が映し出されていて、お茶飲みながら見てました。(笑)
そして17歳の時に姉が友達と二人で夏休み一ヶ月ちかくまわった時にみた綺麗な摩周湖やクッチャロ湖や阿寒湖の話も聞けました。

まあここの水槽でほんものの「まりも」が見れたのが慰めですね。さかなの名前忘れました。
この分だと阿寒湖も同じだろうということで、次の宿泊地の帯広まで雨の中直行しました。

雨の中を十勝平野を走りつづけ、夜遅く芽室(めむろ)という帯広市の隣町にあるペンションに到着。
夜遅かったですが、寝る前にリビングで仕事でフランスに行ったことがある主人と、あと南仏のトゥールーズの街に一年くらい出張に行ってた若い夫婦といろいろ話が盛り上がりました。

おしんこしんの滝とノラ(北海道2)


翌朝起きてから、ペンションのまわりを散歩してみました。昨夜出迎えてくれた「ふくちゃん」まだ寝ぼけ顔です。
着いたときは真っ暗で何も見えなかったですが、あたりはトウモロコシ畑でした。
遠くに知床岬が見えます。
ペンションの御主人とさよならのあいさつ。同じく泊まった「インド人家族」とも、と思ったら朝食の時に解ったのですが彼はれっきとした日本人でした。100年前、曾おじいさんが日本に住み着いた話を流暢な日本語で話してくれました。まさしく『インド人もびっくり!』などと、北の海よりも寒い、凍り付くようなギャグを飛ばしながら知床へ向かいました。まあ姉には大受けでしたが。(笑)

まずはペンションの主人にすすめられた、オシンコシンの滝まで。『日本の滝百選』にも入ってるそうですが、緑の茂みに現れる、二股に分かれる壮大な滝は見事な絵でした。涼しくてあまりにも気持ちがいいんで長居してしまいました。

そして、降りたところにあるお土産屋さんによると店の前にぐったりと猫が横たわってました。


最初は死んでるのかなと思ったほど動かないので心配したのですが、ぐっすりと昼寝をしてるらしく、ここでは有名な「のら」ちゃんだそうで、もう大分の歳のおじいちゃんだそうです。

子供たちが触ろうが、撫でようが、知らん顔でぐっすりとお昼寝中でした。驚いたことにこの猫は北海道のツーリングライダーの中ではかなり有名らしく、なんと「ウィキペディア」にものってました! 冬場は何処かで暮らしているそうです。そちらのほうでは「あか」という名前らしいのですが、春になると、この土産物屋にきてずっと昼寝してるらしく、彼の歩く姿は殆ど見れないそうです。