2011/05/16

グリッテル・マテとコック・オ・リスリング

アルザスのリスリングです。グリッテル・マテ(Grittermatte)2008年。製造はジュリアン・メイヤー氏。彼は早くから完全無農薬ワインで有名でしたが10年程前からはシュタイナーが唱えた『バイオダイナミック農法』で制作しているそうでそのこだわり方はただ事じゃないですね。当然大量生産じゃないのでなかなか手に入りづらいワインでも有名です。


実際飲んでみると、「えっ!これがリスリング?」と口に出てしまう美味しさで、これまでに飲んだリスリングとは全く違った味でした。そしてもう一つ感激したのは。。。



2011/05/15

アニッシュ・カプーア / グラン・パレ (Anish Kapoor)

(イタリア紀行の途中ですが。。。)
昨日パリのグラン・パレに『モニュメンタ/MONUMENTA』という展覧会を見てきました。4年前から開催されてるもので毎年一人のアーチストが招待されてグラン・パレの建物の中にモニュメンタルな作品を展示されます。今年はボンベイ出身のイギリスの彫刻家アニッシュ・カプーア。お昼過ぎにいったら長蛇の列ができてました。。。

2011/05/11

モンテファルコ・サグランティーノ / Orvieto(2)


高級そうなレストランのウインドーにウンブリアのワインが並んでました。イタリアワインのラベルは格好いいデザインのモノが多いけれど、これも結構いいですね。木箱も素敵です。

オルヴィエートのドゥオーモ / Orvieto(1)

ペルージャから南下ながらしばらく走ると、葡萄畑を前景に見えてくるコルバーラ湖。永遠の都ローマに流れるテヴェレ川から生まれた湖です。水面ぎりぎりまで葡萄畑になってるのが印象的でした。


2011/05/10

渦巻く鍛鉄とイノシシのサラミ・ソーセージ / Assisi(2)

聖フランチェスコ大聖堂の中庭にある鉄柵です。中世の頃からあるモチーフですが、鍛鉄の技術で曲げられています。おそらく『純鉄』を使ってるのだと思うのですが表面の赤錆が保護膜になり中の鉄は錆びません。。。
一個一個の渦を見るとどれも違う形をしてるのですが、
数が揃うとそのイレギュラーにも関わらず綺麗なペンで描いたようなモチーフを作ってます。
そして柵の扉の全体の姿は手編みのレースのように繊細です。さしずめ日本の職人技は全て同じ形の渦が要求されるのだろうけれど、この皆バラバラのアバウトさで綺麗に調和してるのはやはりイタリアの職人ですんね。素晴らしい技だと思います。

2011/05/09

アッシジのフランチェスコ / Assisi(1)

トリュフ和えのパスタです。ウンブリア地方特有のストランゴッツィ(Strangozzi)というパスタです。卵なしの小麦粉と水だけで練った麺で、ようするに「うどん」ですね。写真でお届けできないのが残念ですがトリュフの香りが最高でした。

2011/05/07

タルト・フランボワーズ / Perugia(2)


古そうなコーヒー豆挽きの器械ですが、今でもちゃんと使ってるようでした。

2011/05/05

ペルージャ /Perugia(1)

グッビオの街を出てまた30km程南下し、ペルージアに着きました。ここはウンブリア地方の首都です。綺麗な街だとは聞いてましたがこの中央広場(Piazza IV Novembreに着いたときは想像以上の美しさに感激でした。正面のプリオリ宮殿は見事なゴシック様式でペルージャの中心的建物です。国立美術館になってます。

2011/05/03

グッビオの猫達 / Gubbio

ウルビーノから50km程南にある古い街グッビオに寄りました。
14世紀に建てられたコンソーリ宮殿の広場では子供達がサッカーに楽しんでました。

2011/04/27

理想の都市ウルビーノ/ Urbino

ボローニャから戻って3週間どっぷりと仕事におわれてましたが、この『復活際』の連休に飛行機でアルプス山脈を越えてイタリアのウンブリアを旅してきました。いつもは仕事で訪れるイタリアですが今回は完全なヴァカンス!
最初に訪れたのはウルビーノの街。ここはウンブリアに接するマルケ地方になりますが、全盛はルネッサンス時代フェデリコ三世の頃で当時の芸術家や文化人がイタリア中から集まってきています。
ずいぶん前から来てみたかったところで、今回やっと願いかなって初めて足を踏み入れることができました。
デュカーレ宮殿は現在国立美術館になっていて数多くの大作が展示されています。ラッキーにもちょうどカルチャー週間とかで美術館は無料でした。

2011/04/20

ボローニャ ブックフェアー

ボローニャ最終日の午前中は『国際児童ブック・フェアー』を見学してきました。
そして会場の入り口にはイラストコンクールの入賞作品が展示されていました。日本の作家が沢山入選してました。

2011/04/15

ボローニャ ランチと晩餐

ひと仕事終えたあと、皆で遅い昼食をとりました。しかし食の宝庫と言われるボローニャでは軽い食事が僕には大変な御馳走です。プリミピアッティは皆でつついたんで誰が何を頼んだのか忘れてしまいました。(笑)
この地方の生ハムやサラミとブッファラ(水牛)のチーズと茸。
タコ足とセロリのサラダ。
そして魚の盛り合わせ。どれもとても美味しかった。
そしてセコンドピアッテイは
お向かいさんは魚のフライの盛り合わせ。
お隣さんはトマトソースのニョッキ
で僕はこの地方でよく食べるパッパルデッレ(平面パスタ)にポルチーニ茸。大当たりでした!

2011/04/14

ボローニャ散策 2011

一年振りにボローニャに行ってきました。この街を象徴する二本の塔です。このアングルではよくわかりませんが、左のは手前に傾いています!
イエロー・オーカーの色が何とも美しいアーケード、まるでルネッサンス時代の絵の中からでてきたようです。とにかくアーケードが沢山ある街です。19世紀のものがあれば中世のものもあったり、そしてたまにはローマ時代のもあり歴史の深さを本当に感じる街です。

2011/04/03

パリ桜通信

イタリアのボローニャに仕事で4、5日行ってました。そして帰ってきたらウチの前の庭の桜が咲いてました。

2011/03/07

17世紀の風車

パリのイヴリー門にある風車です。この塔は1674年、ルイ14世の時に建てられたものです。1970年代の開発ブームで壊されるところを、市民運動のおかげで残されました。パリ近郊では唯一の17世紀の風車小屋です。最近の風力発電機等を考えると結構今の時代にマッチしてるかも。。。

2011/03/06

チーズ・フォンデュとグリゾンの肉

昨夜スイス人の友人宅に招待され、チーズ・フォンデュを御馳走になりました。日中は天気はよかったのですが、気温は4度位でとても寒かだったんで、冬の料理である『フォンデュ』、皆大歓迎ってとこでした。

2011/03/03

セルジュ・ゲーンズブール没20年

セルジュ・ゲーンズブールが亡くなってちょうど20年という事でラジオでは彼の歌が沢山流れてました。彼が作った歌は一度耳に入ったら忘れられないものが本当に多く、また他の歌手たちにもいい歌をたくさん提供してます。
僕が好きな歌は沢山ある中で、やはり1958年、彼がメジャー・デビューした時の『リラの切符きり』です。軽快なテンポは今聴いても新鮮です。パリに来た頃は地下鉄には切符をきる人はいませんでしたが、鉄道の駅にはまだいましたね。。。 昔はじめて東京に出た頃、切符をきる職員さんたちが奏でるハサミの音がとってもリズミカルなのに感激したものです。



彼が歌を提供した歌手は沢山いますが、その中で最も有名なのは、フランス・ギャルが歌い世界中にヒットした『夢見るシャンソン人形』です。

2011/03/02

七つの薬草

先月に血液検査を受けた際にコレステロール値が高すぎると言われました。そんなに脂肪分の多い食事とかはしてないつもりなのですが、去年あたりから結構仕事でも忙しくなりストレスが溜まってるかもしれません。そうなればメタボリズムも狂ってくるし。。。
結局は歳をとりその上運動不足が大きな原因なんでしょう。。。せっかくスポーツジムに入会したのに忙しさを理由に殆どいってない。こんなんじゃだめですね。反省。。。

2011/03/01

はだしではしるアベベさん。。。

歴史にのこるアスリートの中でも『鉄人』と呼ばれたビキラ・アベベ。1960年ローマオリンピックでのマラソン競技でアベベ選手が終盤単独で走りつづけ一位でゴールした時、誰も彼の事を知らなかった。全く無名のエチオピア選手。しかも驚くことに全コースを裸足で走ったため大変なニュースになりました。イタリアの植民地だったエチオピアの国が世界にアピールしました。
勿論この競技は僕はリアルタイムでは見てませんが、その話題は凄かったようです。現に僕が小学生1,2年生の頃に持ってたカルタの中で『は』のカードが『ハ。はだしではしるアベベさん』というのがあったの憶えてます。(笑)
そして彼が東京オリンピックで見事に二連覇。盲腸手術をしたばかり優勝は期待されてなかったのですが、終盤圧倒的な強さでゴール。しかもローマ大会に続く世界新記録でした。無論前人未到の快挙でオリンピックでマラソンの世界最高記録を出したのは彼以後誰もいません。
アベベ選手はこの時は靴を履いてました。鬼塚の社長が彼に靴を送り続けていたらしいのですが、この日彼が履いていたのはプーマでした。「アマチュアオリンピック」だったこの頃は今のようにメーカーとの専属契約とかもなかった。なんといってもアベベは「いい靴がなければ裸足でいく」という人物だから、このプーマはよかったのかな~。(笑)

学校の体育館にみんなで座って見た市川崑監督の記録映画『東京オリンピック』。ラストがマラソンで貴公子のような横顔のアベベの孤独な走りに感動したっけ。。。

2011/02/27

バゲットとごはん


バゲットですが、これってちょいと変わっていて両端が二つに分かれているんです。「カンパイエット・CAMPAILLETTE」という数種類ある商品の中の『サーマンティンヌ』というバゲットですがとても美味しいんです。
フランス語の表現に「Casser la croûte/カッセ・ラ・クルート」というのがあるのですが、カッセは「崩す」でラ・クルートは「焼けたバゲットの皮」のことで、要するに「メシを食う」という意味なんですがいかにもフランスらしいです。近年のBIOブームでトラディッショナルなパンが沢山出てきましたが、一番ポピュラーなバゲットもここ10年位でずいぶんと美味しくなりました。この『サーマンティンヌ』のクルートはほんわりと香ばしいノワゼット(ヘーゼルナッツ)の味がするんです。真っ先にこの端っこをちぎって食べるのが楽しみです。ウチの近所のパン屋さんでは「サーマンティンヌ」は毎日作る数が限定で、遅れて行くと売り切れてることがよくあります。まあ他のカンパイエットでも十分においしいのですが、帰りにこの端っこをちぎりながらの食べ歩きができないのがちょいと残念。。。(笑)

2011/02/24

また旅。。。

昨日は天気がよくポカポカした午後でした。気がついたらリビングの隅っこに見かけない猫がいました。たまのお土産に日本で買ったマタタビの茎で作った輪っかに興味があるみたいです。。。この猫ちゃんまだ一歳に満たないと思うのですが、はじめてのマタタビなのかその場を離れようとせずゴシゴシ顔をこすりつけてました。
次第になんかハイな感じになってきて、仕舞いには恍惚としてました。そういえば「マタタビ」はフランスではおめにかかりませんね〜。たまは近頃はこれで遊ばなくなってしまったんで、もうマタタビの香りがかなくなってしまったのかな〜っと思ってましたが、この様子をみるとそうでもないようです。



2011/02/21

イタリア女性100万人の叫び


先週イタリアで100万人の女性達による大々的デモがありました。まるでアラブ庶民の運動が飛び火したかのようです。その理由はベルルスコーニ首相の自宅で『ブンガブンガ』と称するホームパーティーで売春行為があったとされ、それを最初は弁護側はプライベートに関することだと主張したけれど、関係したモロッコ人女性ルビー(本名カリマ・エル・マフール)が当時17歳の未成年者だったということが発覚し、完全な『違法行為』ということで検察が正式に動きだし、イタリアの女性達が一斉に立ち上がりました。

2011/02/19

アルチュール・ランボーの謎の写真

フランスの詩人アルチュール・ランボーがうつっている写真の数はとても少ないのですが、去年奇跡的に1880年頃のものが一枚見つかり、各メディアで大変な話題になってました。

ランボーは20歳のときに『イリュミナシオン』を書いたあと、突然詩を書くのをに止めてしまいます。。。
その後彼はヨーロッパを転々としてからイエメンの国に辿り着くのですが。これはアデンの街にあるホテルでの写真ですが、右から2番目に座っている人物がランボーだそうです。彼がイエメンに着いた頃でランボーはこの時26歳。詩の世界を去って37歳の若さで死ぬまでの彼の人生は謎に包まれておりこの頃の写真は貴重です。ちなみにこの頃でも『イリュミネーション』や19歳の時に書いた『地獄の季節』もまだ出版されていません。。。
ところが昨日のル・モンド紙の記事によると、去年発見されてからその信憑性に反論する意見もネット上に飛び交っていたのですが、最近横に写っている人物たちのそれぞれの歴史をたどると、この写真は1878年頃のものとの事。だとするとランボーがイエメンに着く2年前になってしうとかで、真偽の議論は振り出しに戻ってしまう事になります。研究者たちはこの写真の複数の登場人物の子孫達の手元にのこっている手紙などの資料にもとづき、彼らがこのアデンの地に滞在した時期を逆算したりして、この写真が撮られた時期を想定する訳ですが何とも大変な作業です。


ここに一応、ランボーの10代の頃の有名な写真3枚を同じ大きさにして並べてみました。眼と耳と鼻と口元の関係を見ると、ビジュアル思考型の僕としては先の写真はかなり信憑性があると思うんですが。。。
これって「FRS」とかいう今はやりの「顔認識システム」にかけれないんでしょうか? そうドラマなんかで「ピピッ」といかいって「マッチングしました!」とかいってるシーンがよくありますが、あれって現実的なんでしょうかね。
そういえば最近パリに少し滞在した日本人の女性が「顔認識機能」のあるカメラを持っていました。聞いた時は単なる遊びの『ガジェット』だと思ったのですがこのシステムをつかえばその謎が解るかも。。。なぁ〜んて、まあその結果がどう転んだとしてもどうって事ない話なんですが、ただその昔、若い頃にランボーの詩に少なからずのめり込んでいた僕としては、ちょっとだけ興味があります。。。(笑)

2011/02/16

中華『Ebis/えびす』へ再び。。。

昨日2月14日、この秋行った中華のレストラン『えびす』に行ってきました。(一応、僕の誕生日のお祝いでした!)

2011/02/12

革命の波。。。

昨夜エジプトのオスニ・ムバラック大統領が退陣し、30年に渡る独裁政治から民衆は解放された。3週間に渡る群衆の街頭抗議デモの結果だ。
ジディブジドで焼身自殺をして死んだ若者モハメッド・ブウアジジの小さな叫びは『チュニジア革命』をよびお越したあと、その波はすぐさま国境を越えてアラブ世界に広まって行きました。photo : weltonline,

2011/02/08

春の兆し

昨日は久々に天気がよかったです。庭先で小さな白い花が咲き始めてました。
仏語では正確な学名は知らないんですが、俗にPerce neige / ペルス・ネージュと言われてます。「雪を突き破る」という意味ですが、春が来そうです。ヘッダーの写真替えなくては。。。

2011/02/07

たまとジェラール・ミュロ

ウトウトしているたまに接近してパチリ!
そしたら上から目線でむっつりした顔で睨まれました。
眠いところ邪魔されて機嫌わるそうでした。。。

2011/02/06

マリア・シュナイダー /『さすらいの二人』

ダヴィッドは記者としての自分の人生に深刻に行き詰まりを感じている。。。
アフリカの小さなホテルでたまたま隣の部屋に泊まったロバートソンと名乗る男は彼に瓜二つだった。。。そして翌日ロバートソンは心臓マヒで死んでしまう。ダヴィッドは互いのパスポートの写真を張りかえ、自分が死んだ事にして、ロバートソンになりすます事を考える。彼になりきるため残された手帳に書いてあるアポイントのために彼はミュンヘンに行くのだが、次第に死んだ本当のロバートソンの仕事は武器の闇取引屋だったことに気がつくのだが、既に彼はやり取りでミスをおかしてしまい、逃亡がはじまる。。。彼は「ダヴィット」を捨てて逃げてみたものの、「ロバートソン」も結局見知らぬ者から追われる立場になってしまう。逃げる彼はバルセロナに辿り着き、そこで「不思議な若い女」に出逢う。。。
彼女は訳も解らないまま彼の逃避行に付き合うことになってしまいます。

白いスポーツカーが並木道の中を走っている。
赤いシーツの後部席に座る彼女。

(彼女) 今、ひとつ質問していい?
(彼)ー いいよ ひとつなら。
(彼女)ー そうたったひとつでいいの
(彼)ー・・・・
(彼女)ー いったい、あなたは何から逃げようとしてるの?
(彼)ー 背を向けて後ろを見てみろよ。






2011/02/03

しあわせの雨傘/Potiche

久しぶりに映画を観てきました。カトリーヌ・ドヌーヴ主演の『しあわせの雨傘』。面白かったです!

毎日ジョギンングや詩などを綴って平凡な主婦の日々を過ごすスザンヌ。彼女の父が創業した「雨傘生産会社」は旦那ロベールが社長だが、労働組合との交渉が行き詰まり、ついに工場はストライキに突入。ストレスが溜まりロベールは心臓発作のため長期入院。代わりにスザンヌが社長として運営することになり彼女の人生が変わります。 職場での女性の地位もまだまだ認められていなかった時代ですが、創業者の娘ということで古い職員は彼女を尊敬していることもあり、彼女は女性ならではの采配でどんどん問題を解決してゆきます。。。

2011/02/01

大雪と水ようかん。

昨夜、日本から着いた友人が僕の故郷福井で大雪で大変な事になっていると教えてくれました。一晩で1メートル降ったそうです。さっそくネットで調べたら。。。凄い事になってますね。今は2メートル以上の積雪量になってるとか。。。


『暖冬異変』とかで雪が少なくなった近年ですが、確かに子供の頃の冬は雪が多かった。よく屋根の雪下ろしをする父の姿を憶えています。喜んでよく二階の窓から外に出たものでした。。。


雪の重さに押しつぶされた家もでてるようです。空き家になっている木造建ての実家が心配です。。。この雪だと何十トンという重さが乗っかってるのと同じです。。。

2011/01/23

真冬のライチ

今朝マルシェで珍しく「枝付き」のライチを見つけました。これって夏のものだと思っていたのですが、マルシェのおっちゃんが「レユニオン産」だと説明してくれました。そういえば向こうは南半球で夏です。。。

2011/01/22

消えた1,5トンの金塊。。。

1789年10月5日。バスチーユ牢獄が堕ちて2ヶ月あまり、7000人以上の主婦たちが「日々食べるパンがない」とパリからヴェルサイユ宮殿までデモ行進をしました。あとについた市民軍は2万人以上でした。
それを聞いたマリー・アントワネット王妃は「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」といったとか。。。まあこれは伝説で、彼女が言ったという真偽の程は明かではないそうです。ただこのような話が出る程、王家が国民の現実から遠く離れて暮らしていたのは間違いないことです。主婦達は王ルイ16世の一家をパリに連れていく事に成功し、彼らは以後チュルリー宮殿でパリ市民の真ん中での生活を余儀なくされ、『フランス革命』の決定的な事件となります。

2011/01/17

お蕎麦とバーゲンとファイロファックス

ご無沙汰してしまいました。年明け忙しかったことと、先週ちょいとお腹の調子が悪くてあんまり元気がありませんでした。今すごく流行っているウィルス性の胃腸炎だったようです。まぁ寝こんだのは一日だけで大した事はなかったのですが、数日間は白いご飯に塩昆布とか、お茶漬けばかり食べてました。心配した日本人の友人が美味しい梅干しを持ってきてくれたのですが。涙が出る程美味しかった。。。
大根おろしと鰹だしでつくった、おろし蕎麦も何度か食べました。蕎麦は乾麺しかないんですが、でもまずまずの味にしあがりました。お腹がすっきりします。っていうか実家福井では普通の蕎麦が「おろし蕎麦」なんで、懐かしい味でDNAが刺激されて元気になるのでしょうか。(笑)

2011/01/05

トラムとドロンと津軽弁

夜中に雪が降り続けたクリスマスの翌日です。これはストラスブールの『トラム』という路面電車。1994年にはじめてこのA線が開通しました。郊外の停留所にある駐車場に車を入れると一日料金2ユーロ90で市内までの往復切符が貰えます。もし車に5人乗りで駐車場に入ると5人分の往復切符をくれます。それで値段は同じなんです。いわゆる『パークアンドライド』ですね。ストラスブールでは当時は『VAL』と呼ばれる新交通システム(お台場の「ゆりかもめ」のようなもの)が先攻していたんですが、費用がかかる事で市民から反対運動がでていました。1kmあたりの費用で『トラム』の路線が4kmできたそうです。
現在6本ある『トラム』は大成功で、今ではヨーロッパ中の都市から見学にきてるそうです。大聖堂のまわりをはじめ中心街は殆ど歩行者専用になり、排気ガスのない快適な街並が戻ってきました。これは当時「環境問題」を重要視して当選した社会党の女性市長カトリーヌ・トロットマンの政策です。『有言実行』をする彼女のような政治家が沢山いてほしいものですね。

2011/01/02

ビギン・ザ・ビギン / Bigin the Biguine

明けましておめでとうございます。
また新しい一年の始まりですね。閑古鳥の鳴くようなこのブログにも
立ち寄ってくださる方々がいて下さりとても嬉しい思いです。どうか今年もよろしくお願いします。
そして皆さんにとって、明るく楽しい一年であることを心から願っています。

今年の「抱負」はというと、毎年ながら沢山あるんですが、中でひとつだけ選ぶとしたら、
やはり「健康管理」でしょうか。これまであまりにも怠りつづけてきたんで、今年こそしっかりと。。。
実をいうと、長年ひきずっている腰痛の対策にと、8月からスポーツジムの会員になったのですが、
忙しいのを理由に10月からはまったくいってません、会費は結構するんで勿体ない限りです。
今年は週に一度はかならず行くようにします!